3.1 関連するステークホルダー構造
GMOなどに関連する情報の流れとステークホルダー(関係者)の構造を図式的にまとめる(図3.1)。
図3.1 GMOなどに関連する主な情報の流れと関係者
3.2 主なステークホルダーの意識と行動
GMOをめぐるステークホルダーのうち、研究者、農業生産者、食品・流通業界、自治体職員の意識と行動を分析し、消費者については国際比較を行った2。
(1)研究者の意識と行動
2008年春、内閣府は「GMOに関する研究者の意識調査」を実施した。以下は、結果の抜粋である。
遺伝子組換え技術や遺伝子組換え作物・食品に関連する研究を行っていると思われる日本植物生理学会および日本育種学会の会員から、それぞれ400名を無作為抽出し、アンケート調査票を送付した。分析に際しては、前者が遺伝子組換え技術の「基礎研究者」、後者が遺伝子組換え技術の実用化研究に関連が深い「応用研究者」とした。
①遺伝子組換え技術の「基礎研究」の社会的評価
日本において「遺伝子組換え技術の基礎研究」が、社会的にどの程度「評価」されているかについての研究者の認識状況は、基礎研究者はどちらかというと「評価されている」、応用研究者は「評価されていない」と回答している。「あまり評価されていない」「まったく評価されていない」と回答した研究者にその理由を聞くと、「遺伝子組換え技術の安全性に関する国民的コンセンサスが得られていない」(81%)、「世の中に遺伝子組換え技術に関するネガティブな情報が多い」(69%)が上位にあげられている。
②遺伝子組換え技術の「実用化研究」の社会的受容
次に、日本において「遺伝子組換え技術の実用化研究」が、社会的にどの程度「受容」されているかについての研究者の認識状況は、「あまり受容されていない」(67%)、「まったく受容されていない」(30%)とした回答が多く、基礎研究とくらべて、実用化研究の社会的受容性がかなり低いと認識されていることがわかる。わが国において遺伝子組換え技術の実用化研究が受容されない理由としては、「メディアなどでマイナス影響ばかりが取り上げられるから」(69%)、「消費者などによる反対運動があるから」(56%)、「遺伝子組換え作物の効用や有用性に関する情報発信が少ないから」(54%)が上位にあげられている。研究者の具体的な意識と課題を明らかにするため、2008年10月1日、GMOに関連する関連学会研究者との意見交換会を実施した(13名の研究者が匿名で参加)。そこでの主な意見としては、以下のような声があがった。
<研究者自身の課題・学会風土>
・これまでの研究は、組換え技術の研究論文をまとめるだけでよかった。社会に向かって、研究者自らが安全性を説明することはしてこなかった(それで済んでいた)。
・基礎研究から製品化までを一貫して取り組む姿勢が日本では少ない(海外の種苗開発企業などは一貫した研究・開発・製品化戦略をもっている)。
・GMO安全性研究などは、研究実績としては評価されにくい。日本では、論文とインパクトファクターしか評価の対象にならない。
<研究環境をとりまく課題>
・日本のGM作物野外試験栽培の環境基準が海外に比べて厳しすぎる。
・20年後くらい先を見越した明確なわが国の農業の将来ビジョンを考えるべき。
・日本の大学に、広報担当教官(広報官)がいないのは問題。
<研究者からの具体的な提案>
・GMO栽培特区をつくり、あわせて「共存」「表示」の問題を柔軟に検討してはどうか。
・「日本発(初)のGMO」が必要である(花粉症緩和米など)。
・まずは家畜用飼料のGM化からスタートしてはどうか。
・科学者が、消費者や国民にむけて説明する標準的な広報コンテンツを作成する必要がある。
(2)農業生産者の意識
大規模経営をする農業生産者、都市近郊の女性農業士にヒヤリングを行った。大規模経営をする生産者には、遺伝子組換え作物の栽培を希望している人がいた。女性生産者、遺伝子組換え作物栽培に関心の薄い生産者は、「遺伝子組換え原料を使っていません」という表示があるので、遺伝子組換え作物・食品を選ばないという認識であった。遺伝子組換え作物への関心の大きさに関係なく、生産者は農業が行政、流通、消費者に理解されていないという閉塞感を感じている。農閑期には経営分析や栽培法の勉強、海外への調査、外国の農務省の研修会への参加など合理的な経営を目指している農家も少なくない。
(3) 食品・流通業界の意識と行動
我が国における遺伝子組換え食品の流通実態に関する全国的統計データは存在しない。実際に店頭に出回っている食品は、「遺伝子組換えであると表記された食品」、「遺伝子組換えでないと表記された食品」および「不分別と表記された食品」および「遺伝子組換えに関しては何も表記されていない食品」の4種類が存在する。実際の市場での遺伝子組換え食品の販売状況を示したのが、図3.2である。キャノーラ油、コーンマーガリンでは、「組換え不使用(非組換え)」製品よりも「不分別」製品のほうが売れている。その理由は、「不分別」の方が、価格が安いからである。
図3.2 日本生協連における「組換え不使用」製品と「不分別」製品の販売データ比較
消費者に対する意識調査では、遺伝子組換え食品は購入しない、食べたくないと回答するものが多いが、実際の購入行動はかならずしもそれを反映したものとはなっていないのが現実である(ホンネとタテマエのかい離)。このような消費者の意識と行動に対して、食品加工業界や流通業界は、消費者(ユーザ)が望む商品を提供するというのが基本的な姿勢である。特に非組換え(ノンGM)表示が主流となっている業界は、味噌、醤油、豆腐、納豆業界である。食品・流通業界としては、今後の食料需給見通しなどを考えると、すべてを非組換え原料・食品で対応することは困難であり、消費者が組換えと非組換えを選択できる商品・市場構造に移行することが予想されるとしている。
(4) 自治体の対応
①自治体の規制動向
遺伝子組換え作物の野外栽培に関する自治体の規制状況を表3.1にまとめる。
2009年、日本で初の商業栽培(色変わりバラ)が始まったものの、自治体の規制のもと、実質的には野外栽培の実施は極めて困難な状況である。新規の試験栽培希望者にとって、規制に定められている地元説明会開催などの情報発信や理解を得る活動の難しさが、実施を躊躇させる一因になっている。2009年度は、宮城県で指針が、神奈川県で条例が策定され、千葉県では検討が継続されている。規制を策定する自治体増加の動きはみられない。
②自治体職員の意識
2008年に、内閣府が実施した自治体職員のGMOに関する意識調査結果によると職員の所属する部門により、GMOの安全性と有用性の認識はかなり異なっている。食品安全・衛生部門および農政部門は、技術系職員の比率が高いのに対し、消費・生活関連部門は、事務系職員の比率が高い。「遺伝子組換え技術」「遺伝子組換え作物・食品」についてみると、食品安全・衛生部門および農政部門に比べて、消費・生活関連部門の職員の安全性・有用性のイメージは低い。
(5) 消費者意識の国際比較
GMO受容に関する日本および海外における消費者の態度・意識について、日本、ドイツ、インド、オーストラリアの4カ国の国際比較を行った(図3.3)。
図3.3 遺伝子組換え食品の受容(摂食)に関する消費者の態度(4か国比較)
①先進国・食料輸入国の消費者の態度
日本およびドイツにおいては、いずれも遺伝子組換え作物の国内商業栽培は行われていない。両国の消費者とも、遺伝子組換え食品の摂食に関しては、慎重な(ネガティブな)態度を示している。
②先進国・食料輸出国の消費者の態度
オーストラリアは有数の穀物生産国・輸出国である。遺伝子組換え食品に対する国民(消費者)の態度も、日本や英国などと比べると、かなりポジティブな態度を示す割合が高くなっている。さらに、ここ数年、深刻な干ばつ被害に見舞われ、安定的な食料供給を望む国民の声は大きい。現実に、干ばつ前後で、オーストラリア国民の遺伝子組換え作物に対する態度はかなり変化している。
③新興開発国の消費者の態度
インドは、世界でも有数の遺伝子組換えワタの生産国である。安価な食品の安定的供給を望む国民が大多数を占める。大多数の国民は、遺伝子組換え食品に関してはかなり受容度が高い。ただし、アンケート実施対象は、同国で比較的高度な教育を受けた人に限られていることなどを考慮すると、大半の国民は、遺伝子組換え食品や作物バイオテクノロジーには大きな関心は抱いていないものと推測される。
④遺伝子組換え食品などの受容性の規定要因
消費者の態度は、その国の産業構造・文化などの影響も受けるが、受容性についての質問設定の仕方によって、回答結果も異なってくる。すなわち、遺伝子組換え作物の受容性に関して、リスクだけでなくそのメリット(病害虫耐性など)を提示することにより、受容性が高まることがわかった(図3.4)。
3.3 まとめおよび考察
(1)研究者
・研究者はGMO研究成果を社会に対して説明することにあまり積極的ではなかった。
・研究の社会的受容性を考慮し、研究者が一般市民にも理解可能な説明責任を果たすために使えるGMOコンテンツ(教材)が必要である。
(2)農業生産者
・消費者が非組換え作物を選択するのであれば、生産者はそれにしたがう。
・農業生産者が遺伝子組換え作物を正しく理解しているわけではない。
・国が農業の現状をしっかり認識し、農業政策を打ち出して欲しい。
・まずは遺伝子組換え飼料からはじめてみるということも考えられる。
(3)食品・流通業界
・今後の食料状況等を踏まえ、わが国におけるGMO摂取の現状データの提示と、組換えと非組換えの商品選択ができるような市場構造の構築が必要である。
(4)自治体職員
・自治体の市民対応・消費者窓口職員に対するGMO理解増進のためのプログラムが必要である。
(5)消費者
・日本の消費者は、タテマエでは、GMOに対してネガティブな態度が主流をしめるが、実際の購買行動は必ずしもそれを反映したものにはなっていない。
・GMOの安全性だけでなく、ベネフィットを消費者に正確に理解してもらうことが不可欠である。
印刷用PDF: 02 第3章