GMOと教育に関する多角的研究

日本の高等学校進学率は、世界最高水準であるが、教科書・カリキュラム・教員にそれぞれ問題があるため、生徒は、他教科の必修科目の中で、かならずしも科学的ではないGMOの教育を受けている。唯一、科学的に教授する生物IIは全体の10%台の生徒しか学習しない。技術立国を支える次世代に対し、ネガティブな世論を再生産している現状は改善すべきである。

(1) 学校におけるGMO教育の実態と課題

1.遺伝子組換え技術についての教員の理解が不十分であるか、専門外である。

・教員の意識は慎重・消極的に傾いている (下図)。

2.遺伝子組換え技術の科学的側面と社会的側面を関連づけて教えていない。

・生物以外の教科(家庭科,社会科等)では、科学的側面を扱わない傾向にある。

3.遺伝子組換え技術の科学的側面について学習する生徒は非常に少ない。

・ GMOを科学的に説明している生物II(選択科目)の履修率は10%台である。

4.遺伝子リテラシー教育の必要性の認知と学習事項が確立されていない。

・ 現代社会を生き抜くための、技術立国の担い手を育むためのカリキュラムが存在しない。

(2) 教科書とカリキュラムの改善の必要性

1) 日本の高等学校では

1.GMOに関しては生物以外の科目で学習することが多い。

主な科目は、家庭科、社会科であり、時に、英語などでも題材として扱われる。これらの科目は1-2年生の必修である。科学的に正しく、中立に学習されない可能性が高い。

2.生物以外の教科(他教科)の教員は、正しい情報がどこにあるのか、分からない状況にある。

他教科の教科書周辺にも科学的には正しく無い記述がある。特に、家庭科の資料集については、検定制度が無いこともあり、極めて憂慮すべき内容になっている。また、一般的な書店には、科学的に正しい内容の書物が少ない。さらに、小売店では「遺伝子組換え作物を使用しておりません」等の誤解を招く表示が野放しになっている。全体として、教員自身が科学的に正しい視点を持つことが難しい状況にある。

2) 米国の高等学校では

1.日本の教科書に較べて、充実した偏りの無い教科書が使われている。

基礎生物学からバイオテクノロジーまで幅広く、境界無く、全体を生物学として扱っている。一方で、大きな教科書は持ち運びが大変であるという。

生物I, IIの教科書の例(第一学習社)(右)、米国カリフォルニア州の生物I, IIの教科書(左)(Focus on Life ScienceとCampbell のBiology)

2.充実した実験実習が行われ、キットなどが広く使われている。

教材としても遺伝子組換え作物は優れている。GMOを理解するためには、生物学の幅広い分野について理解する必要があり、同時に科学技術の応用面から社会への繋がりまでの広がりを考える良いきっかけとなるという。また、実験をしながら学ぶと、学習効果が高い(米国における調査の結果より)。

3) 我が国の対応策としては

1. パンフレットを配布する。

良質のパンフレットを活用する必要がある。群馬県食品安全局「遺伝子組換え食品ってどうなの?」(右)、農林水産省「正しく知ろう!遺伝子組換え農作物」(左下)など、数多く出版されているが、あまり広く認知されていないことは、もったいないし、残念な状況である。


2. Web上で自習できるようにする。

大型の教科書は、日本の学習環境には馴染まないことが考えられる。発展的な内容はWeb上に置くことが望ましい。科学的に正しい情報の社会全体に対する発信にも繋がる。

(3) 連携の重要性

1) 様々なレベルの連携の提案(全ての研究者が説明者になる)

他教科の教員に対する支援として、学内連携としては、生物教員が相談に乗ること(立ち話連携)やティームティーチング(他教科の授業へ生物教員が参加し、複数の教員で授業を行う)などが考えられる。総合学習の時間なども活用できる。一方、生物教員においても、十分な教授が行えない場合もあることから、学外者の支援を検討する必要がある。大学・研究機関・企業等の研究者がその候補として挙げられる。現役や退職者を含む研究者全体を説明者とする、積極的なアウトリーチ活動が必要である。

2) 遺伝子リテラシーの連携教科の提案

わが国では遺伝子リテラシーについて、基礎から応用まで含むGMOに対する知識を学ぶ教科は現存しない。今回、教科横断的な科目(連携科目)として、学校設定科目として「遺伝子リテラシー」の教科書を提案し、遺伝子組換え作物の章を試作した(下表参照)。現代を生き抜くために、科学技術立国を支えるための基盤としても、遺伝子とその周辺について、統合的に学習できる構成になっている。


(4) 教育教材キットの開発と普及の必要性

遺伝子組換え食品から導入されている組換え遺伝子を検出(検知)する実験ための米国の教材キットがある (Bio-Rad Lab., Inc., GMO Investigator Kit)。教員を対象とした研修会で紹介したところ、非常に好評であり、SPP1としても活用され始めた (筑波大学主催、現職教員対象の公開講座↓)。


分析した食品

DNAの抽出

DNAの電気泳動

講義風景

2002年から全国の高等学校で実施されるようになった「教育目的遺伝子組換え実験」では、大腸菌を緑色蛍光タンパク質(下村脩博士ノーベル化学賞を受賞)で光らせるなどの実験が普及期に入った。「光る大腸菌」は、生徒の関心も高く、教科書にも掲載されるようになった。

高等学校における出前授業

紫外線ランプで緑に光る大腸菌

今後は、必要な教材費や設備、人的支援などを拡充していく必要がある。各レベルでの連携が重要である。2009年からは、産学が連携して教材を配布するプロジェクトが始まっており、より規模を拡大した国家プロジェクトとしていく必要がある。


(5) サイエンス・アートの可能性

科学に興味を持たない大多数の一般市民が科学に興味を持ち、GMOを理解するきっかけになり得るものをサイエンス・アートと広く定義した。

青バラの品種アプローズ(サントリーフラワー(株))

青いバラなどのGMOは、全ての人のGMOに対する興味と関心を惹き付けることだろう。興味を持つことから、科学的な知見を身に付け、科学的な考え方を学ぶことにより、自分自身で人類の将来について考えていく力を身に付けて行くことができるだろう。リスクとベネフィットの問題、社会と経済の問題など、科学技術を取り巻く状況に対して、自ら学び考えを深めていくきっかけになることが期待される。

1) 新規の教育教材にもなる

GMOの花を教育用の教材として活用することは何よりも良い体験になる。例えば、青紫色のカーネーション品種ムーンダスト(サントリーフラワーズ(株))を用いて、組み込まれた遺伝子を検出する実習は好評である。普通高校ではまだ珍しいPCR装置と電気泳動装置などの設備が必要であるが、近くの大学や研究所に借りる、県レベルなどで共有して使うなどの連携体制があれば、十分に可能である。これらをリードするのは、研究者や教員の中のキーパーソンである。

2) 生きた植物を「展示」する

第一種認可の前でも、遺伝子組換え植物を間近で観察することができるように作られたアクリル製の運搬ケースが開発された(右:(独)花き研究所 大坪憲弘博士開発)。

遺伝子組換えアサガオの八重咲き

今後、より積極的な展示を科学博物館などで実施できるような法整備も必要である。例えば、BT入りの葉を害虫が食べているところの展示などが期待される。

3) 国民が期待する新しいGMOの開発を推進する

青いバラに続く、遺伝子組換え作物の新しい成果、例えば、花粉症緩和米や栄養価を高めた作物など、国民的に期待されるヒット作の出現が待たれる。そのためには、サイエンス・アートを生み出す研究を奨励する政策が必要である。理科・社会教育用の教材とサイエンス・アート、サイエンス・コミュニケーションは、今後、連携が進むことと思われる。

印刷用PDF: 02 第2章_Part1, 02 第2章_Part2

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