高等植物における胚発生関連遺伝子のメチル化と発現制御に関する研究
高等植物の胚発生は、多くの遺伝子が時空間的に精密な発現制御を受けることによって引き起こされる。こうした胚発生関連遺伝子の発現制御については、トランス因子やシス配列などの転写因子に着目した研究が進められている。近年、動物における研究から、胚発生時にゲノムDNAのメチル化レベルが大きく変動し、DNAのメチル化を介した遺伝子発現制御機構が存在することが示唆されている。しかし、高等植物においては、DNAのメチル化と胚発生機構を関連づける知見は胚乳形成に関わるもの以外ほとんど報告されていない。また、植物の胚は種子の中に存在するために母体組織に囲まれた状態である。そのため、初期胚においては種子中の胚の占める割合は低く、胚本来の現象を追って解析するには母体組織の影響が大きい。胚の発達段階を追い、ステージが揃った胚のみを大量に集めてくるのは困難である。そこで、ステージの揃った胚を大量に集めるため、ニンジンの不定胚形成系を用いて解析を行った。この不定胚形成系は種子胚と同様に発達し、簡単にステージの揃った不定胚を大量に回収することが可能である。本研究では、胚発生に重要な転写因子である胚発生関連遺伝子の発現制御にDNAのメチル化が関与しているか否かを明らかにすることを目的にしている。材料はシロイヌナズナとニンジンを用い、DNAのメチル化に関連する遺伝子の発現解析とその遺伝子破壊株における胚発生関連遺伝子の発現解析を通じて、DNAのメチル化が高等植物の胚発生制御に関与しているか否かを調べている。シロイヌナズナにおいては、DNAメチル化関連遺伝子の破壊株を用い、胚発生関連遺伝子の発現解析を行った。また、DNAメチル化関連遺伝子の破壊株を用いて胚発生への影響を現在解析中である。また、ニンジンにおいては、不定胚形成系を用いて、胚発生関連遺伝子の発現とDNAメチル化レベルの関連をDNAメチル化感受性制限酵素によるゲノミックサザンブロット解析やBisulfite法を用いて解析した。その結果、DNAメチル化レベルが発現に影響する可能性がある遺伝子を見つけた。現在、DNAメチル化阻害剤や人為的なDNAの高メチル化により、胚発生関連遺伝子の発現に影響があるか否かを解析している。
高等植物における胚発生から栄養成長への転換制御機構の解析
高等植物の生活環は、胚発生、栄養成長、生殖成長の大きく3つの成長相に分けられる。成長相の転換はさまざまな因子によって制御されているが、近年の研究から、クロマチンリモデリングを介したエピジェネティックな発現制御機構が成長相の転換に関わっていることが明らかにされてきている。特に、発芽時においては、ヒストン脱アセチル化による発現抑制機構が発芽後の植物体での胚的な性質の発現を抑制することで、胚発生から栄養成長への転換を促していることが示唆されている。本研究では、ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)に着目し、HDACによる発現制御機構と、胚発生から栄養成長への転換機構との関連について解析を行っている。
シロイヌナズナの胚発生特異的ヒストンの探索
ヒストンはクロマチンの主要タンパク質であり、細胞核内において染色体の高次構造維持に寄与しており、また、細胞分裂期における染色体の正常な分配にも必須である。一方、動物においては、配偶子や受精卵で特異的に発現するヒストンの存在が知られており、この胚特異的ヒストンが、発生初期の特殊なクロマチン構造変化に関わることが示唆されている。高等植物でも、ユリやシロイヌナズナにおいて、雄性配偶子特異的なヒストンが存在し、雄性配偶子核の凝縮や花粉形成に関わることが示唆されているが、胚発生特異的なヒストンの存在は報告されていない。しかし、動物に見られるように、胚発生過程で特異的に発現するヒストンが存在し、重要な機能を担っている可能性がある。そこで本研究では、クロマチン構成タンパク質であるH1、H2A、H2B、H3をコードするシロイヌナズナの41遺伝子について、胚と栄養組織での発現をRT-PCRによって解析した。その結果、H2Bファミリーの一つであるHTB8 (At1g08170)が胚でのみ発現していた。さらに詳細に解析した結果、この遺伝子は雄蕊、雌蕊でも発現していた。現在、HTB8の形質転換体を作成し、機能解析および胚発生との関わりを検討している。
胚発生機構におけるRNAi機構関与の検証
近年、高等植物の形態形成制御機構にRNA干渉(RNAi)を介したエピジェネティックな発現制御機構が関与していることが示唆されている。RNAi関連遺伝子の変異体では、胚発生に異常を示すものがあることから、RNAiによるエピジェネティックな遺伝子発現制御機構が胚発生制御にも関与している可能性が考えられる。高等植物においては、RNAi機構を介したエピジェネティックな遺伝子発現制御機構は、クロマチンリモデリング機構と関連していることが明らかとされている。クロマチンリモデリング因子の1つであるヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)は、胚発生関連遺伝子の発現を抑制することで、胚発生から栄養成長への成長相の転換を制御している可能性が示唆されている。?そこで、本研究ではRNAiとHDACによるクロマチンリモデリングを介した発現制御機構が、胚発生から栄養成長への成長相の転換に関与しているかどうかを検証していくことを目的としている。
HDAC因子による植物器官形成機構の解析
高等植物では受粉・受精、連続的な細胞分裂、分化を繰り返し、胚を経て種子を形成する。この胚発生から栄養成長、生殖成長へと移行していく発生過程において、遺伝子発現メカニズムであるクロマチンリモデリングによるエピジェネティクスな制御機構が働いている。そこでクロマチンリモデリング因子の一つであるHDAC(histon deacetylase)に着目し、HDAC因子が器官形成に関与する転写制御因子の発現をどのように制御しているかを明らかにすることを目的としている。
クロマチンリモデリングによって制御される胚発生関連遺伝子(SET遺伝子、Polycomb complex)の探索
高等植物の種子胚発生は、各種形態形成現象のなかでも劇的な変化を示す現象の一つである。しかし、茎頂の頂端細胞が生殖器官を形成し、生殖細胞が分化した後、受精によって胚発生を開始し、次世代植物を形成 する過程における細胞分化機構の詳細は未だ解明されていない。一方、細胞分化に伴う発現遺伝子の大幅な変化においては、染色体レベルでの遺伝子発現制御機構であるクロマチンリモデリングの関与が報告されている。なかでもヒストンのメチル化による修飾は、修飾され るアミノ酸残基および付加されるメチル基の数によって異なる作用を示しており、クロマチンリモデリングを制御する重要なマーカーとして注 目されている。本研究では、高等植物における分子生物学的解析のモデル植物であるシロイヌナズナを用い、胚発生初期過程におけるクロマチンリモデリングの関 与をヒストンのメチル化修飾の観点から明らかにしていくことを目的としている。
LEAFY COTYLEDON1(LEC1)のプロモーター解析胚発生関連遺伝子のメチル化と発現制御に関する研究
種子植物発生の初期段階、胚発生・種皮形成において重要な役割を持つ遺伝子として、Arabidopsis thalianaではFUSCA3(FUS3)、ABSCISIC ACID-INSENSITIVE3 (ABI3)、LEAFY COTYLEDON2(LEC2)、LEAFY COTYLEDON1 (LEC1)が知られている。これまでの研究で、これらの遺伝子が相互に関係しあうことで胚発生・種皮形成が成り立っていることがわかっている。中でも、LEAFY COTYLEDON遺伝子群のひとつであるLEC1が胚発生において中心的な役割を果たしているのではないかといわれている。しかし、現在までにLEC1タンパクがCCAAT結合転写因子のHAP3因子を持っていることなどはわかっているが、このLEC1遺伝子そのものにおける発現因子やその上流の遺伝子についてほとんど開明されていない。そこで、LEC1のプロモーター部位を特定し、そこに結合するトランス因子を明らかにすることを目的としている