内外におけるGMO研究と理解増進の調査と分析

1.1 我が国におけるGMO研究と国民理解

(1)わが国におけるGMO研究動向と課題

我が国においては、GMOを用いた基礎生物学的な植物科学研究は世界のトップレベルにあり、そのような基礎研究の成果を食料問題やエネルギー問題等の世界規模での重要課題の解決に活用したいと願っている研究者は多く、この点は本調査によって実施した研究者の意見交換の場や日本学術会議植物科学分科会等がまとめているGMOに関する報告書においても表明されている。しかし、その一方で、有用なGMOの開発に当たっては、以下のようなさまざまな課題も表明されている。

・基礎研究から応用研究・実用化につなげる際に必須となる野外試験栽培において、その実施可能な場所が極めて少数であり、また、法的規制が諸外国に比べて厳しすぎるため、大学の研究者ばかりでなく、民間企業等においてもその実施が極めて困難である。

・GMOに関する社会受容が進まないため、地方自治体がGMOの栽培規制を行っており、実際の試験栽培を行うことができない。

このような問題点を解決するためには、以下のような具体的な解決策を国が主体となって進めることが必要である。

・隔離圃場試験の共同利用拠点を設けて野外試験栽培の実施事例を増やす。

・野外試験栽培における審査基準を大幅に見直し、世界と同等なものとする。

・社会受容(理解増進)をこれまで以上に推進する。

・研究者自らの意識改革によりGMOの社会受容促進に積極的に取り組む。

(2)わが国におけるGMOの国民理解動向

食品安全委員会が平成16年度から毎年行っている、「食の安全性に関する意識調査」(平成17年度以降は「食の安全性に関する意識等について」)における、「食品の安全性の観点から不安を感じている理由」により、遺伝子組換え食品が一般にどのように受け止められているか、とくに農薬と比較して特徴を分析した。「食品の安全性の観点から感じている不安の程度」において、不安を感じていると答えた人の、不安の理由としては、消費者に否定的に見られることでGMOと似ている「農薬」では、

1)事業者の法令遵守や衛生管理が不十分

2)規格基準や表示等の規制が不十分

3)過去に問題になった事例があり、不安

が挙げられたのに対し、「GMO」は

1)科学的な根拠に疑問

2)食品の安全性に関する情報が不十分

3)規格基準や表示等の規制が不十分

が挙げられた(表1.1)。これは農薬に関する不安は、歴史的経緯もあっておもに社会的信頼関係の欠如が背景にあると解釈できるのに対し、GMOは、おもに理解不十分のものに対する不安によると解釈できる。このことは、逆に「遺伝子組換え食品に対して不安を感じていない」と答えた人の不安を感じない第一の理由が、同じく「科学的根拠に納得」(48.2%)であったことと表裏の関係にある。つまり、農薬などとは異なり、GMOは理解が進んでいないことが不安を感じる主要理由であり、その理解が進めば、逆に不安が軽減されることが予想され、国民的理解の増進が重要であることがよく判る。

さらに、遺伝子組換え食品に対して「不安を感じたきっかけ」として、半数以上の人が「否定的・警鐘的な論調に接したため」と答えている。そして、そういう一番の情報源はテレビ(ニュース・報道番組、ドキュメンタリー番組、ワイドショー・情報番組)であり、ついで新聞、書籍の順であった。

表1.1 食品の安全性の観点から不安を感じている理由(遺伝子組換え食品)


(出典)食品安全委員会ホームページ(http://www.fsc.go.jp/monitor/index.html

(3)理解増進のための主な取り組み

このような問題点を少しでも解消するため、本調査研究の成果を随時、適切な相手に伝えてきた結果、以下のような具体的な進展が見られた。

・GMOの栽培に関する法規制であるカルタヘナ法の運用の改訂が開始された。

・隔離圃場試験を実施するための中核共同研究拠点が文部科学省により認定・設置された。

・中高の理科や生物の教科書改訂において、遺伝子を正しく理解する方向に指導要領が改訂された。

・日本学術会議、総合科学技術会議、関連学会関係者連絡会、農林水産省、関連社団法人、日本バイオ産業人会議(JABEX)、ライフサイエンスサミット、BT戦略会議、NPO法人、その他、多くの関係者がGMOの社会受容促進に向けた取り組みを始めた。

以下に、今回の調査研究に関連して行われた、理解増進のための主な取り組みをセクター別に紹介する。

①アカデミック関係の活動

・研究者の役割(正確な情報を知ってもらい、説明者になってもらう)

○植物細胞分子生物学会GMOシンポジウム(2009年7月31日、日本大学藤沢キャンパス)

○日本植物学会GMO特別シンポジウム(2009年9月17日、山形大学)

○植物生理学会GMO特別シンポジウム(2010年3月18日〜21日、熊本大学)

・国際シンポジウム

○日韓シンポジウム(2009年8月24〜26日)

○Cold Spring Harbor Laboratoryシンポジウム(中国、2009年11月1日〜4日)

○カルタヘナ議定書締約国会議に向けた特別シンポジウム(筑波大学、2010年2月16〜18日)

・日本学術会議(とりまとめ中)

○食の安全分科会(食品安全のための科学リテラシーの重要性)

○GM植物分科会(GMOに関する報告)

○植物科学分科会(GMOに関する提言・報告)

・GM植物研究の現状・今後の課題・社会対応等に対する国内研究者(大学、独法研究所、県の研究所、民間企業等)の意見の集約やその役割の明確化(日本学術会議、大学遺伝子協、その他)

②産業界・メディア向けの活動

・JBA講演会(2009年9月8日)

・バイテク情報普及会 第25回メディアセミナー(2009年10月20日)

・CBIJマスメディア向けシンポジウム(2009年10月20日)

・JBAにて野外栽培規制に関する講演(2009年11月13日)

遺伝子組み換え技術の国民的理解の増進について

〜科学技術振興調整費による調査研究より〜

遺伝子組み換え、特に遺伝子組み換え農作物・食品について、内外における研究と理解増進に関する動向調査および教科書を含む教育に関する課題などを紹介

③ 行政・政府関係の活動

・カルタヘナ法の運用の改定

2009年9月10日(GM研究者の意見を聞く会)

2009年11月12日(GM研究者と行政担当官の意見交換会)

現在:文科省、環境省(農水省)等で運用の改訂作業中

・隔離圃場試験を推進するための検討

国内共同研究拠点を設置

・社会受容を促進するための動き

総合科学技術会議、日本学術会議、BT戦略会議、STAFF、CBIJ、JSPS産学連携委員会、その他で活動実施中


1.2 諸外国におけるGMO研究と国民理解

GMOの研究現状と国民理解は国によって大きく状況が異なると同時に、相互に関係する問題でもある。そこで、本調査研究では、我が国と最も関係の深いアジア諸国における情報を収集するため、フィリピン、シンガポール、タイ、中国、インドを訪問し、GM農作物の開発・実用化に深く関わっている政府関係者や大学研究者等に直接面会して情報を収集するとともに、現場視察も行った。フィリピンは、既にGMトウモロコシの商業栽培を実施するとともに、ビタミンA前駆体であるカロチノイドを種子中で大量に合成・蓄積するGMイネ(ゴールデン・ライス)の商業栽培に向けた栽培試験を、国際イネ研究所(IRRI)を中心に進めており、さらに、ウィルス抵抗性パパイヤや害虫抵抗性ナス等のGM農作物の開発を進めている。シンガポールは、カルタヘナ議定書締約国ではないものの、日本と同様、大量の食料を輸入しており、その承認や社会受容促進の活動がユニークである。タイは、ウィルス耐性パパイヤの野外栽培試験を一時実施したものの、政権交代等の過程でGM農作物の野外栽培試験を全て中止した。中国は、世界で最も経済発展の著しい国であり、新技術の導入・活用に特に熱心であり、GM技術に関しても最近では多額の政府予算をつぎ込んでGM農作物の実用化を目指した研究を活発に進めており、法令等による規制が行われているが、必ずしも規制が守られない等さまざまな問題を抱えている現状があることから、今後も特に注目すべき国である。インドは、BRICsの代表国であり、産業発展とともに人口が飛躍的に増大しており、食料問題を抱えているため、遺伝子組換え技術の適用に国は極めて意欲的である。Btワタの栽培面積が飛躍的に増大するとともに、Btナスの実用化に向けた開発にも積極的に取り組んでいるが、GMOの栽培には反対運動も強く、同じ政府の中でも農業省と環境省では意見が異なる等、今後解決されなければいけない課題も多い。

一方、GM農作物・食品に関しては、既に広範な実用化が進められている米国やカナダ等としばしば対立姿勢を示すヨーロッパについては、EUとしての対応とEUを構成する国毎での対応が必ずしも一致しておらず、複雑な様相を呈している。今回は、共存法(遺伝子組換え農作物と有機農作物や慣行栽培農作物の栽培の権利を全て同等に認め、全体が共存できる仕組みを定めた規則)の下で自国栽培が軌道に乗ってきたポルトガルと、自国栽培は行っていないものの輸入を活発化させているイギリスについて現地調査を実施した。EUでは、国民理解においては、GMOの食品としての利用と家畜用飼料としての利用を意識の中で区別しており、ポルトガルやイギリスでは、GMトウモロコシの家畜用飼料としての利用については受容するとする国民が多いものの、食品そのものとしての利用にはネガティブである。また、イギリスでは、国が主導する形で、もし米国からのGMトウモロコシの輸入が止まった場合、イギリス国内の畜産業がどのような影響を受けるかを詳細に調査した結果を国民に対して公表し、これがきっかけとなって社会的議論・理解が進みつつある。これは、GMOの利用の有無も考慮して自国の農業の将来像を描くことで、社会対話や社会受容を促す重要な事例である。さらに、英国では、サイエンス・ミュージアム内で、GMOに関する特別企画展を実施し、ミュージアムを訪れた消費者がGMOを巡る賛成・反対を含む多様な情報に接することにより、社会受容に対してどのような影響があるか調査されていた。

日本に農産物を大量に輸出しているオーストラリアについては、数年前に起こった干ばつによる深刻な農業被害の回避を目指し、乾燥耐性農作物の自国開発が急速に進みつつあることから調査を行った。オーストラリアでは、GMOの栽培については州毎に対応が異なるものの、GMナタネ栽培のメリットが明らかになるにつれ、栽培許可地域が増えつつあり、また、社会受容促進に向けた取り組みも行われていた。その一方、GMOの開発・実用化に向けた規制の仕組みも厳格に設定・運営されていた。

1.3 まとめおよび考察

我が国におけるGMOの開発状況と国民理解に向けた取り組みについて調査するとともに、GMOに対して特徴的な対応をしている国として、フィリピン、シンガポール、中国、インド、オーストラリア、ポルトガル、イギリス等について現地調査を主体とした海外調査研究を行った。国毎に状況が違うため、一概に結論を出すことはできないものの、GMOに対する国(政府)の意思表示が最も大切であり、その際には、自国の食料確保や農業の将来像を明確にするなかでGMOをどのように扱うかを示すことである。我が国ではこの点が不足しており、日本の食料・農業の将来像を示す中でGMOに対する取り扱いを国民に向けて日本政府が明確な意思表示を行うことがGMOの国民理解の促進においては最重要である。また、我が国において、GMOに対する規制、特に開発初期段階での環境影響評価が諸外国と比べて極端に厳しく、このことが我が国発の有用なGMO開発の大きな障壁となっている。この点については、本調査研究の成果を随時適切な政府機関等に情報提供してきた結果、GMOに関する環境影響評価の法規制であるカルタヘナ法の運用改訂作業が進み始めた。

さらに、社会受容を進めるためには、消費者を対象とするさまざまな形での情報提供や分かり易い説明が必要であり、調査研究の結果、説明・解説するための国全体の関係者全員で構成される組織を作ることが重要であることが明らかになった。その際には、大学の研究者を中心に、分かり易く説明できる者を計画的に養成するとともに、分かり易い説明資料を作って関係者全員で共用することが重要であることも明らかとなった。そこで、多くの研究者が集まる学会の場を活用し、GMOの現状や規制、社会受容促進のための取り組み等を紹介する特別シンポジウムや講演会等を開催し、情報提供と説明者としての科学者の奮起を促してきた。

加えて、GMOの正しい知識の普及のためには、初等中等教育およびマスメディア向けの情報提供が重要であることも明らかとなってきたことから、教科書の改訂、教育目的遺伝子組換え実験の普及、マスメディアを対象とする分かり易い情報提供の準備と実践にも積極的に取り組んできた。その成果が今後どのような形で現れるか予想はできないが、時間がかかることを覚悟して地道に取り組むことがGMOの社会受容を促進するためには必須であろう。

印刷用PDF: 02 第一章

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